韓国ドラマ-大祚榮(テジョヨン)

部長
今回は中国の広大な風景をバックに撮影が行われた歴史ドラマ。時代劇スターの『太祖王建』『海神-HESHIN-』チェ・スジョン主演の名作ドラマ『大祚榮(テジョヨン)』をご紹介します!

副部長
一人の男が祖国滅亡後、過酷な運命、闘い、悲恋を乗り越え渤海を建国するまでの波乱万丈な人生を描く歴史超大作!

部長
全134話の構成になっています!

大祚榮(テジョヨン)-概要

部長
戦火に見舞われる高句麗末期、将軍の長男としてテ・ジョヨンは生まれる。奴婢として育つものの、見よう見まねで剣術と学問を学び、立派に成長するジョヨン。
ジョヨンは唐の挑発により危機に陥っていた父テ・ジュンサンと高句麗の兵士たちを助けるために戦い始める。この時、唐と手を組んでいる契丹族の襲撃により生死をさまよっていたジョヨンは、契丹族族長の娘チョリンに助けられる。それをきっかけにジョヨンとチョリンは恋に落ちる。
そんな中、ジョヨンの恋のライバルとして現れるのが、チョリンと兄妹のような仲のイ・ヘゴ。ヘゴは高句麗の将軍のもとに生まれるが、訳あって契丹族によって育てられ、共に育ったチョリンを愛するように…。平壤城の政治勢力と遼東の軍部勢力が反目する中、和合と仲裁のために平壤城に侵入したジョヨンは、監獄に入れられてしまう。それを救ったのが、寶臧王の姪スギョン。スギョンはテジョンに想いを寄せ、チョリンと恋のライバルになり、葛藤を起こす。そんな中、チョリンはジョヨンとの子を身ごもるが、ジョヨンに告げることもできず…。結局二人は引き裂かれる運命となってしまう。
やがて、高句麗は新羅と手を組んだ唐に滅ぼされ、高句麗の民は流民になる。あちらこちらに散らばってしまった高句麗の民を思うジョヨンは、高句麗の民が安心して暮らせる国を作るために、義兄弟として意を決したコルサビウ、フクスドルと共に立ち上がり…。


大祚榮(テジョヨン)-相関図

韓国ドラマ-大祚榮(テジョヨン)-あらすじ-相関図

韓国ドラマ-大祚榮(テジョヨン)-85話

部長

テ・ジョヨンに、コルサビウと私の問題ですと答えたきり、話そうとしないチョリン。テ・ジョヨンは、話したくなければいい和解するようにと去っていった。遠く北西の戦地では、イ・へゴは、突厥族のムクチョルと会談し戦いを中断して営州へ戻ることにした。営州の城門は契丹族の降伏兵が守っていた。反乱軍は数10人で残りの兵士はほとんどが投降していた。それを知ったテ・ジョヨンは、毎夜、子の刻に営州城のあちこちで契丹の古い曲を笛で奏でさせた。笛の音は10日間続いた。契丹兵に動揺が走るのを唐軍も知っていた。10日後、東門にテ・ジョヨンを始め数10人のテ・ジョヨン軍が現れた。テ・ジョヨンは3日間の猶予をやる3日以内に部族長たちを釈放し営州から撤退しなければ総攻撃をかけると宣言し、イムンを嘲弄する言葉を投げかけた。翌日からチョリンも加わり、契丹兵に城門を開けるように呼びかけた。契丹兵の動揺はさらに大きくなった。唐の副将は、チョリンに矢を射るように指示するが誰一人弓を引く者はいなかった。3日目の深夜、テ・ジョヨンは音を立てずに場外に進むように全軍に指示した。城内に火の手が上がったら総攻撃をかける。「総攻撃する!」と檄を飛ばすテ・ジョヨン。

韓国ドラマ-大祚榮(テジョヨン)-86話

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投降兵に偽装したコムが営州の城門を守っていた唐兵を刺し殺し檄を飛ばすと、契丹族の古歌の笛の音とチョリンの呼びかけで里心がついていた投降兵たちは、鬨の声を上げ、唐兵に向かって行った。機が熟したその時、テ・ジョヨン軍が弓を射、総攻撃をかけた。テ・ジョヨン軍はやすやすと入城し、入牢させられていた契丹族部族長イ・ジンチュンたちを解放して、唐の監督官チョムネを捕らえた。その頃、唐の西北から急行していたイ・ヘゴは営州に近づいていて、そのことを知った。部族長はテ・ジョヨンとコムの「高句麗流民をテ・ジョヨン側に返す」約束を重視して、国力が落ちることを覚悟で流民の返還を快諾した。テ・ジョヨンは、営州城内での戦乱を避けるため唐のイムン将軍を逃がし、営州城内にいたソ・リンギの願いもあってチョムネを唐に連れて帰ることを了承した。一方、唐の則天皇帝は、テ・ジョヨンが契丹と手を結んだこと、さらにイ・ヘゴが5万人の大軍を連れて契丹に戻っていることを知って問題の大きさを初めて認識した。そのイ・ヘゴの大軍が営州に到着した。イ・ヘゴは軍師シン・ホンの野心でもある建国への思いを抱き始めていた。契丹族部族長とテ・ジョヨン側、ソ・リンギの会議の席上に現れたイ・ヘゴは包みを部族長に手渡した。中味は唐の監督官チョムネの生首であった。そして、高句麗流民は渡さないとテ・ジョヨンに言い放った。目をむきイ・ヘゴを見るテ・ジョヨン…。

韓国ドラマ-大祚榮(テジョヨン)-87話

部長

チョムネの首を取ったということは、唐に宣戦布告したも同じだと、ソ・リンギがイ・ヘゴに言う。ソ・リンギが禍根になると判断したシン・ホンはソ・リンギを抹殺しようとするが、見破られてチョムネの首は唐の則天皇帝に渡った。則天皇帝は隠遁していたソ・リンギを探し出し、契丹討伐を命じる。テ・ジョヨンとイ・ヘゴを敵に回して勝てるのは、ソ・リンギだけであった。696年、契丹はイ・ジュンチュンを無上可汗すなわち皇帝として国を宣布した。高句麗流民は返さないと言われたテ・ジョヨンは、流民を返してもらう方法を模索していた。シン・ホンは皇帝即位の祝いにも現れないテ・ジョヨンに作為を感じていた。皇帝となった部族長の気を引こうという作戦と読んだのだ。程なくして、唐から建国したばかりの契丹国に使者が来た。則天皇帝が与えた送り名ジンチュン(儘忠)は忠義を尽くすという意味があり、義弟に与えたソン・マニョン(孫萬榮)は孫子の代まで栄えるという意味があった。則天皇帝は2人の名を取り上げ、新たに名を送った。ジンチュンにはジンミョル(儘滅)、義弟にはソン・マンチャム(孫萬斬)。それぞれ必ず滅ぼす、子孫代々斬首するという意味であった。これは、取りも直さず、唐の契丹に対する宣戦布告であった。新皇帝の無上可汗イ・ジンチュンはすぐに高句麗流民村に向かい、テ・ジョヨンに会った。そして、流民を返す代わりに助けを求めるのだった。

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